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Meron Sweet

趣味について、自分なりに考える場として利用していきます。

辛いとききっとあなたを癒して、元気付けてくれるhiphop 10選

本当に辛いとき、何を頼るでしょうか、

 

私の場合音楽を聴くことがそのうちの一つです。

 

アーティストというのは、人の悩みを、認識の及ばない範囲にまで拡大して、人を勇気付けたり、感動させたりくれることがあります。

 

私たちが忙しく生きる中で忘れてしまうもの、大切なもの、そういったものを思い出させてくれるのも音楽です。

そういった音楽に頼るのも、たまには悪くないと思います。

 

というわけで今回は、辛いときにあなたを癒してくれる。才能あるhiphopアーティスト達です。

 

hiphopというとイケイケYO な印象かもしれませんが。

 

彼ら、主にブラックや貧困に生まれ、過酷な環境を育ってきた彼らの中には、

 

ひょっとしたら我々にはすくいきれないような、ピュアな真実のメッセージを見つけ出すことができます。

 

そんな中で彼らが見つけてきたそれらに、きっと癒されるはず。。

 

 

 

前置き長かったですが、それでは一つめ!

 

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クリスチャンミュージックといったら彼 chance the rapper です。

 

彼は間違いなく今、一番才能のあるアーティストの一人でしょう。今年のグラミーにも選ばれました。

 

ゴスペルをミックスした、初期カニエウェストのようなチアーフルな歌声。

 

彼の他の曲も聞いていただければわかると思いますが、これは彼の曲の中でも、特に明るく、楽しい曲です。

 

リリック(歌詞)としては、俺はこのままでなんにも問題ないぜ!って感じの曲です。

 

彼は変わったアーティストで、CDを売りません。いい音楽は幅広くシェアされて、皆んなハッピーになるべきという考えで、そのためレーベル(=お金儲け)には属していません。

 

そんな彼が、「どんなレーベルだって俺を止められやしないよ。今の俺を見てみろよ!」と歌うのです。

 

音楽は無料で配布し、ライブで稼ぐという全く新しいタイプの音楽ビジネス。

それに対する不安もあると思いますがそれでも「no probrem」(問題ないよ!)と叫ぶ彼には、勇気付けられるものがあります。これからもどんどん大きくなっていくアーティスととしても期待ですね。あと個人的にこの曲のliveパフォーマンスは好きです。

 

 

次!

 

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日本人ラッパーとして日本でも知名度のある Kohh です。

 

その中でもこの曲は彼の、願いのような、祈りのようにも聞こえる。明るく。前向きな曲です。

 

彼も貧しい中で何かを見つけ、飛び立ち、新しいものに向かって生まれ変わり飛んで行くことを祈った曲のようにも聞こえます。

 

特にフック(サビ)の上へ 上へ 上へ は、彼のこれからの飛躍、フライトを表しているのでしょうか。

 

彼の他の曲、彼が貧困の中で見つけた、目には見えない輝かしいもの。見た目には映らない綺麗なもの。そういうものを歌った曲が好きです。

 

 

では、次!

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お次はwiz khalifa 日本ではsee you again なんかが流行りましたね。

 

彼のスタイルはデビューからほとんど変わりません。

これだけ自分のスタイルと音楽を確立できるアーティストは他にあまりいません。

 

大概が、大衆受けのするスタイルに染まってしまうものです。

 

そんな彼は、彼の中の色、本当に自分が持っている伝えたいもの、それをただひたすらに表現してきました。

 

それをまさにチアフルに歌い上げるこの曲は彼の中でも、最も恍惚感があるものかもしれません。

 

ではでは次!

 

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お次はlil yathy (リル ヨッティ)

 

若手筆頭の彼もまた異色、自分の中の色、スタイルを追求した、アーティストでしょう。

 

そのため、オールドスクール2pac,biggie など)ほとんど聞いたことがないと発言し、先輩アーティストから口撃されたりしていました。

 

彼はその時に「僕はみんながヒップホップがこれまでとは全然違うものだってことに早く気づいてくれるのを待ちきれないよ。

もし僕がこのまま自分の道を進んでいって、大金を稼いだら、なぜみんなのいうことに従ったほうがいいんだい?」と言っている。

 

たとえ既成の文化や伝統に反してでも、自分のスタイルを貫こうとする、底抜けにポジティブな姿勢は評価されるべきだと思います。

 

そしてこの曲はそんな彼の生き方、ポジティブさが全面に出された曲です。

ちなみに日本人アーティストDAOKOのかけてあげるという曲をサンプリングしてます。

 

次い!

 

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これもまたまた、お騒がせ?で有名なkanye westです。

 

そんな彼の中でも比較的初期のチアフルな(まだクマさんがいた)頃ですね。

(そのあとに黒ずくめ期、スウェットyeezy期がきます)

 

これもまた明るい曲です。im good , LOPもいいですが初期のカニエさんは殺伐としすぎてなくて好きです。あと彼で好きなのは、ベタですがonly one . family buissines が好きです。

 

 

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isaiah rashad 彼はchillな感じに秀でたアーティストです。

この曲は、独特のフローと相まって、祈りのような不思議な雰囲気を醸し出す曲です。。ビッバいっばぶーみたいなのが好きです。以上。

あとjoey badass とかamime (キャロラインしか知りません)とか、こういう声質も好きです。

 

次次!

 

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そしたらきました、joey badass 。彼の音楽もまた、クリスチャンを感じさせるものです。この彼のヒットソングは、彼の人生そのもののカタルシスを詰め込んだような名曲です。フックで妙な高揚感を覚えてしまうこと間違いなし。

リリックでは、

I used to feel so devastated  俺はもうダメだと思ったこともあったよ。
At times I thought we'd never make it, yeah 何も成せないとも思った。
But now we on our way to greatness けど今は栄光の道を歩んでる。
And all that ever took was patience 大切なのは少しの忍耐だけだったんだ。

 

彼の苦労、成功までのカタルシスが一度に味わえてしまいますね、ウヘヘ。

 

彼の新曲land of free(自由の地) はおそらくトランプ大統領とアメリカに向けられたもの。とてもいい曲でした。

 

次!

 

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カニエウェストの弟子?のような存在のkid cudi。その新しめの曲です。

他だとerase meもオススメです。

彼は内向的で、自分の世界観を持って、確立しているアーティスト。この曲は

 

Now I ain't riding no waves  俺は波(流行)には乗らないよ
Too busy making my own waves, baby だって自分の波を作るので忙しいんだ。

 

どれだけ音楽のスタイルが変わろうと、自分は自分の音楽を作るという決意にも聞こえるのですがどうでしょうか。

 

次!

 

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印象的なサビのリードが印象的な曲です。lil yachy にもサンプルされた、DAOKOというアーティストです。

tofubeats mixもいいですが。このMVが好きなんですよね。

 

日本は貧困でこそありませんが、閉塞感に閉ざされた都会。近いようで遠い人の距離。そんなものに優しく、また気づかれないで語りかけるようなこの曲には不思議な魅力があります。

 

都会の中で忘れさられたものはなんなのでしょうか。

 

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最後はこの曲で締めたいと思います。

人はあらゆるものを判断する生き物です。人が貧しいと思うものを、ある人は豊かだと思うかもしれません。

全て決めるのはあなたです。今をダメと決めつけるのも、今ある美しさ、豊かさに気づくのも。

 

彼は貧しい中、そういった環境に身を置くことで、そこで物質的な豊かさ以上のものを見つけたのでしょう。

 

あなたも苦しいのなら、彼らのように今の美しさ。測れないもっと大きなものに気づくのかもしれません。もしくは貧しいまま、過ごすのか。

 

あなたはあなたのままで価値があるのです。

なぜかって?それは彼らが教えてくれたでしょう。

 

全てはあなた次第です。

 

最後に勇気の出る曲でお別れです。最後までありがとうございました。

 

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社会が怖くてたまらない?

何が怖い。それは多分。

「不足」「条件」「優越」

この3つで説明ができるだろう。突拍子も無いかもしれないが聞いてほしい。

 

ある日。

君はまず、「不足」を感じた。自分はまだまだだ。自分はこのままではだめだと、そう感じたのだ。

 

それから君は「条件」を探した。

 

なぜなら

「不足」があるのであれば、皆で競争して奪い合わなければならない。

 

であればその競争に勝つ為の「条件」とは一体何なのだろうと考える。

 

そしてそれを知り、手にすれば他人に「優越」し。好きなようにできる。

 

逆にできなければ、「優越」され、好きなようにされる。

 

パワーの世界だ。「条件」(学歴、力、容姿、能力、知識)を知り、勝者が全てを決める。そういう世界だ。

 

君はそのような世界を思い描いてる。違うかね?

 

そして誰かより優れていて、誰かより劣っていると感じている。

 

そうに決まってるだろう!それが現実だ!

 

そう思うかな。

 

多分そうなんだろう。君がそう信じている限りは、世界や他人はそのように君を扱うだろう。

 

そして君がこれをみているということは、そこから抜け出したいとも思っているはずだ。

無意識にでも。辛いだろう。

 

なぜならそのような世界は全く現実ではないからだ。君は夢を見てる状態なんだ。

 

今はそれに気づくだけでもいいかもしれない。

 

君はその現実のような幻想の中で迷子になって、抜け出そうとしてる。

 

キリストが救済したのもそういった人々だった。

 

一つだけ覚えてほしい。

辛く厳しいように見えるその現実は、

 

全く一切現実じゃない。君の見てるそれはただの夢なんだ。いつか、そこから抜け出して、本当の現実を見ることがあるかもしれない。

 

君の魂は、今この言葉を聞きたがってるのかもしれない。

胡散臭いかもしれないけど、魂に耳を傾けているといいかもね。

 

だからこれだけ。

 

君が望めば、それは開ける。

全ては一つであり、あなたは無限の存在である。

 

信じれば、変わるかもね。

 

 

 

 

 

 

これから、大事な試験、試合のある君へ。

なにそれ、

なにか上から目線のアドバイス

ただ走れとか?頑張れとか?熱血な?

 

そうじゃない。君に言いたいことは一つなんだ。

 

「成功は、たった1日、そのたったその日なんかで決まるんじゃない。

大切なのはそこに至るまでの過程で勝ち続けてきたか、ということ。」

 

なにそれ、意味わかんない?よく考えてみてよ。

 

確かに、その日のコンディションとか、運だとか。そういう不確定要素はある。

 

けどね。なにが成功を収める為の要素かっていうと。

 

それは「過程」であり。これまでの「準備」なんだよね。それが殆どなんだ。

 

今まで、君はどれだけ頑張ってきた?どれだけ自分に勝ってきた?どれだけ努力してきた?

 

きっと沢山努力してきたはず。

 

それと比べてみなよ。その日当日なんて、どれだけ小さなものか。

 

たったその日1日なんかに、左右されるぐらいの努力だった?

違うよね。君はやれることを尽くして、尽くしきったはず。

 

だからね。

 

「これまでの何年、何ヶ月、自分はそこで自分に勝ち続けてきたよ。

だからたかがこんな1日に怯えたりはしない。こんな1日に左右されたりなんかしない。

 

自分はもうすでに勝ってる。やってきたことをあとはしっかり出すだけだ。」

 

そう思うべきなんだよね。

 

やたら偉い人とか、他人、友達の言葉なんかに左右されちゃだめだよ。

 

そこで君が信じるべきは自分自身、これまで努力してきた自分自身だけなんだね。

 

最後に頼れるのは人間、そこだけなんだよ。

 

他人のモノサシなんて気にしてたら、何もできないよ。君は君が在りたいように在ればいいんだ。

 

君はなんだってできる。それを信じるときなんだね。最後の鍵はそこだけだよ。

 

今まで、自分に勝ち続けてきた君が、いい結果を残せるといいね。

 

最後に否定しといた、偉い?人の言葉を紹介しとくよ。

 

大会に勝って大喜びしたり、負けて落ち込んだりするのは右肩上がりの成長の邪魔だと考えている。喜びは日々の練習にこそ感じたい。

 

人間、最後に物をいうのは、派手で他人にわかりやすい努力じゃなくて。

 

君の中に染み付いた、その地味な努力なんだよ。

 

それを大切にしてきたそういう人間が、成功するんだ。

 

派手なことばかりやる人は、必ず落ちていくよ。

 

君なら、必ず大丈夫。

今までの君の努力は君が一番わかってる。

 

だから、頑張ってね。

 

感じたこと

人は弱いから幻想にたよる。

迷い込む。気づかない。

いつまでも夢を見たままだ。

目を覚ますのが怖いのだ。
いや、目を覚まさずとも怖いのだ。

人は幻想の中。

幻想の中で必死にかき集め、身体に塗りたくる。

持つこと。そうでないと不安でたまらない。

何かを持たないと、不足していると感じる。

その価値は幻想の中で安心を得る為。

生き延びる為、自分を有限と信じればこそ。

人は愚かに、姑息に行動をする。

人はまだ夢の中で彷徨っている。

いつまでも満たされない夢の中で。

何かを追いかけ回すという夢を見ながら。

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プロダクトの理念

これを書くにあたって、How Google work を読んだ。

曰く、現代に於いて、マーケティングを制するよりも。質の良いプロダクトを作ることによって、それはネットの口コミによって、爆発的に広まるだろうということだ。逆に、質の悪いプロダクトはいくらマーケティングに金を投じたところで、それは悪い口コミによって消化されるだろうというのだ。

フォードの、私は客の意見を聞いていたら、速い馬を探しに行っていたという言葉もあった。

 

私はこれを読んで感心したのだ。そしてふらっと、とあるカフェに入った。

そこは質が高いと言えたが、ある意味質が悪いとも言えた。

 

そこはまるでホテルの高級ラウンジを思わせるような、ラグジュアリーな場所なのだ。しかも価格も安く、300円でマックよりはるかに美味しいハンバーガーに、サービスのタルトまでついてきた。とても質が良い。

 

それなのに奇異なのは何か、それは私以外の客が誰もいないのだ。広く取ったカフェは、何やらガランとしていた。

 

よく考えてみると、そこは居心地が悪かったのだ。高級な調度品と、洗練された空間において、人はむしろ居心地の悪さを感じるのかもしれない、良い店だったが、長居はできなかった。

 

人はむしろ、散らかった自分の部屋の方が落ち着くのではないか、むしろその方が質が良いと言えるのではないのだろうか.

 

あまりに洗練されすぎた西洋的空間に人は変えって萎縮してしまうのではないか、それに比べ日本家屋のあの落ち着きは何なのだろう。

 

それは、あえて間違いを作るからだと思う。完璧な人間、完璧な空間、完璧な環境にずっといたら、人は疲れるのだ。

人は完璧なのではない。理論上の完璧を追求した空間。洗練さには大きな間違いがあると思う。

 

完璧そうに見える人間にも、欠点があった方が可愛げがあるしホッとするではないか。

私は数学や理論が好きではない。そこには人間の余地というか落ち着きが感じられないからだ。完璧に数値化、理論かされた人間などロボットではないか。私はそのようなあり方は人間のあり方ではないと思う。

 

人は不完全さを求めるのだ。そこに安らぎと安心を求める。

 

なぜなら社会は「完璧」だからである。完璧でない人類が完璧になろうとしているのだから疲れることこの上ないだろう。さらに人は他人や社会に完璧さを求める。そんなプレッシャーの中で、人は完璧になどなりたくないのだ。

 

そんなのは人の生き方ではない、完璧でないが故、それが自分のアイデンティティになり得るのだ。

完璧な人間、完璧な空間、完璧な社会など無個性に等しい。

 

科学や理論により何が線か決められ、統制されて、洗練されすぎた社会では、人間の尊厳はないと言える。

 

あるのは、優れた文明というくだらない満足感と、

プライドだけである。

我々は均一化された空間で、もはや機械になることを選んだのである。

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私が望む仮想現実空間のOS及びその世界

まず私が話しておきたいことは、インターネットはもはや、もう一つの世界と言えるということだろう。

しかしながら、インターネットにおける人間の関わり方は、極めて偏狭なものと思える。なぜならツルツルした四角い画面から、文字や映像による視覚や聴覚でしかそれを体験できないからである。

 

そのもう一つの世界であるはずのインターネットが、現実とは程遠い、少ない情報量でしかやりとりできない現状が、誤解や矮小で陳腐な双方向コミュニケーションしかできない現状を形成しているように思える。

 

インターネットの本質がそうなのではない。

インターネットはむしろ双方向の情報の流動性を高めてくれるものだ。その速度は加速的に高まってきている。

日本にいながら、ブラジルの洋服店を覗くことができる。

それに加えて私は、インターネットは人々を国境や性別、教義心情を超えて自由に人々が行き交う場所でもあると思う。

それは、公園の噴水などとは比較にならない。世界中の人々を集めた噴水の公園と言える。

国境やあらゆる区別を超え、人々が一つになれる場所なのだ。

 

しかしながら現状のインターネットとの関わりかたは、その特性を最大限に生かせる環境であるだろうか。

そうではない。インターネットは、未だに言語という壁を乗り越えられていないし、視覚や聴覚にのみ頼るコミュニケーションはひどくお粗末なものだ。人間の根幹的コミュニケーションである、言語線の肉体的コミュニケーションの欠けたコミュニケーションの悲惨さは前述の通りだろう。

 

現状のインターネットはむしろ一体性ではなく、分裂性を示している。

 

現実にはない理想の環境や特性があるインターネットが、現実と同じようなくだらない個人、集団分裂主義に陥ってしまったようだ。

 

インターネットの中でさえ「派閥」や「コミュニティ」が蔓延っていて、対立が生まれている。

 

その原因はなんであるのだあろうか。

 

そう前述のインターネットとの関わり方の後進性である。

私が強く言いたいのは、今のインターネットとの関わり方がひどく陳腐で、それなのにそのことに誰も疑問を抱かないということだ。

 

ツルツルしたガラクタや、暑くなる箱とキーボードによって人は本当にコミュニケーションができるのだろうか。それをもらって嬉しそうにニコニコそれが正しいと闇雲に信じているだけではないのだろうか。

 

まず、インターネットは顔が見えない、相手のことを触れない、表情が見れない。

 

これらはコミュニケーションにとって最も大切な部分ではなかっただろうか。

 

人が会話するとき、言語、何を話しているかよりも、身振り手振りや雰囲気、テンションを見る。そういう心の通ったコミュニケーションが現状のインターネットの関わり方では不可能だ。

 

ここまで長く話してきたが、それらを解決する一つの手段がある。

それはUIそのものを世界として構築し、その中に人が入れば良いのだ。

仮想現実空間に一つの世界を作る。その中に入って今までやってきたこと(人差し指で悪口を書くこと)を行えば良いのだ。

もちろん相手の顔も見える。アバターではあるが。

 

その利点の例がこれである。夜中やせ細った小汚い男がやってきて、遠い国のものですがお金も泊まる場所もないと言ってきたらどうだろう。他を当たってくれと言って追い返すのではないだろうか。

 

しかし仮想世界で、もちかなんかのキャラの男と楽しそうに話していて、突然、男が今日お金も泊まるとこもないと言ってきたらどうだろう。心配になって助けてあげたくなるかもしれない。

 

このようにインターネットは人との距離を近くする。偏見をなくして、多様性を生むとは言っていても、頭に染み付いたそれをなくすことは難しい。

 

だがそれがそんなこと自体が関係ない仮想現実世界で会ったらどうだろう。そんなこと気にせず話せるかもしれない。

あらゆる溝を埋め、橋をかけることができる。

 

それを通してこう気づくこともできるだろう。価値観や物質的考えなんてくだらない。そしてもっと精神性に価値が行くかもしれない。

 

私はハイテクノロジーによって、人類が物質的な価値観を捨てる時というのはいずれ来ると思っている。

足の速い男が、バスに乗る現代では全く意味がないように。

テクノロジーが肩代わりする無限に近い世界では、それらを比べ合うこと自体虚無に感じられてくる。

 

そうして初めて、人類は精神や魂、元々あった共同体やつながりの理想社会に目が向くと思うのである。

 

しかし、ハイテクノロジーが溢れかえるまで、あと何年かかるかわからない。

しかしインターネットは、この世界を変えてしまうツールは、今そこにあるのだ。

 

仮想現実では何でもできる、マトリックスのようなものだ。

空だって飛べる。みんななんだってできる。だからそんなこと比べあったりしない。むしろ一体性にむきだすだろう。その価値と気持ち良さ心地よさに気づくだろう。胎児のように。

大事なのは、何をするかではなく、それを通じて何を表現するかということが。わかるだろう。

 

 

 

私はこの仮想現実世界にとても可能性を感じている。

それは国境やあらゆる区別を超えて人々が一つになれる可能性だ。

インターネットというツールは本来そういう性質がある。それをダメにしたのは、それに対してのアプローチの仕方そのものである。

 

私は昔ニコニコ動画という動画配信サイトをやっていた、そこではリアルタイムでコメントが流れて、皆一体感を感じていた。今はそれも廃れてしまったようだが。

 

インターネットは人を一つにする力がある。私はそう信じている。

そしてこの仮想現実世界こそが、それを通じて現実世界そのものも変えてしまう力があると信じている。

 

このアプローチによってインターネットは、真の姿となって、

人々に本当の世界を恩恵を見せてくれると思う。