Meron Sweet

趣味について、自分なりに考える場として利用していきます。

自己表現としての洋服

人はだれしも、認められたい、人より優れていたいという思いがある。

俗世間に生きる中で、正常な反応だと思う。だが、その中で「本当の自分」を見失っていると感じることが多いのだ。

では「本当の自分」とはなにか。自分探しの旅をして、やって見つかるものなのか?

そうではないと私は思うのだ。

本当の自分というのは、「自分がこうだ」という自分だと私は思う。

この記事をあなたが見るということは、それに気づいているからかもしれない。

 

人は生まれながらに自分というものを持っているのではなく、自己とはいろいろなことを経験し、考える中で、自己を選択し、自己表現によって自ら決めるものなのだ。すなわち。あなたはあなたを今という時の中で作っている。

 

いろいろな考えや価値観が今、あなたの頭の中にある。あなたはそれらに都合のいいように自己を決定し、創造し、体験するだろうか。

 

他者に受け入れられる自分、他者より優れている自分というのは、本当にあなたなのだろうか?

自己表現というのは、そう言ったエゴとたびたびぶつかるのだ。

 

エゴというバラバラの世界に生きて、「本当の自分を表現すること」を忘れていること、これこそが悲劇である。

 

洋服にしてもそうなのだ。他人よりイケていたりだとか、他人よりセンスがいい、わかっていると思われるような服を着て、何が自己表現であろうか。

 

他人にどう思われようと、あなたは自分の好きな服を着ればいいし、好きな自分を生きればいいのだ。それが他人に認められたり、優れたりしていなくても、あなたはあなたがありたい自分に常にいるべきなのだ。

 

自己表現を比べられるとおもっていること自体おかしいのである。全ては色であって、表現の一つに過ぎない。赤色が水色よりすぐれているだろうか?

オレンジは紫よりイケてるだろうか?そんなものは時代とともに変わるだけの価値観でしかない。

そんなものに振り回されず、あなたは着たい服を、ありたい自分でいてほしい。

 

そうして初めて自己表現というものの意義を意義を持つのであると私は思うのだ。