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Meron Sweet

趣味について、自分なりに考える場として利用していきます。

真の個人主義とは?

とりわけ利己主義と誤解されたり、この言葉を歪んで捉えて利己的な振る舞いをする人が居て、この言葉を嫌う人がいたり、
今にして、何なのかよくわからない存在、言葉であると思う。

だが個人主義は、利己主義でも利他主義でもなく。
まして独り善がりでもなく、
真の個人主義とは、全員、もとい自分を幸せにする最高の在り方なのだ。

「日本式の個人主義とは、困っている人を放置

ここにも書かれているように、真の個人主義とは、全体の中の自分(個人)のあり方を決め、それらを相互に尊重し合うというものなのだ。

例えば、アメリカでは、たくさんの人種や沢山の考え方を持つ人がいるが、誰しもアメリカを良くしたい!という気持ちは同じなのだ。
100人いれば100通りの方法がある。考えがある。
だからこそ、方法や人種、考え方は違えど、相互に理解をし合い、尊重し合い、その中での自分の立場を全うしようとするのだ。
その中で、自分の役割を認識し、そと立場として貢献しようとするのだ。
個人主義は、皆同じ目的を持つ仲間として、考え方、方法は違えど、互いに尊重し、理解をしあい、高め合おうとするのだ。
その中で、
だからこそ、どちらが正しいとか言って対立はしない。
どの方法が一番とか、どの考えが一番とかは言わないのだ。

全体の中での自分の役割、立場を見出し、貢献する。
これが個人主義の真髄である。

それは全体の中での自分というものを規定し、それらを受け入れ尊重しあうという私の存在論にも繋がる。

家族の中で、会社の中で、国の中で、世界の中で、自分の役割、立場はなにか。そして、他の考え、違う立場から別の貢献しようとする人を尊重し合い。理解しあい、高め合おうとするのだ。

クリーニング屋はクリーニングによって貢献するし、花屋は花を売ることで貢献するのだ。

どちらも方法は違えど同じ仲間なのだ。だからこそ尊重し合い。
クリーニング屋の方が偉いとか、花屋の方が優れてるだとかそういうことは言わない。
医者の方がパートより偉いとか、頭脳色のほうがとか、資本主義じゃないととか言わない。
それはその人の仕事、役割、考え方の結果なのであって、話し合って理解し合うことがあっても、尊重を欠くということはありえない。それが個人主義なのである。

すべては、貢献の1表現にすぎないのだから。それぞれが、それぞれを活かして自分の役割を担えばいい。

一人一人がそうして、全体の中での自分の立場をしっかりと意識をして、自分の役割に誇りを持ち、互いに尊重し合い、高め合えれば、どんなに、素晴らしい、幸福な、家族、社会、国、ひいては世界が出来上がるであろうか?

これが個人主義なのだ。

汝、隣人を愛せよ。それが「個人」の幸せにも繋がるのだから。

ワンネスという考えを引けば、
我々は一つの存在であり、その個別化なのだ。
他者にしてやることは、自分にしてやること。
他者にしてやらないことは、自分にしてやらないことなのだ。

個人主義が利己主義になるのは、
「自分」という定義が狭いからだ。
この世に生きる全てを「自分」とし、そのために行動する。
それこそが真の個人主義であると思うのだ。

他者はおらず、
全員が一体であり一つの、個別表現だと知ったら。人はどのように振舞うだろうか。今まで通り、自分を陥れ出し抜こうとするだろうか、自分に対して嘘や不安や暴力によって奪い取ろうとするだろうか。
自分を騙し振る舞うだろうか。
それとも自分に対して、愛を与えるだろうか。

他者に対する全ての行動は、自分の為にすることだ。
なぜなら他者は自分なのだから。